こんにちは。
前回の記事では疼痛の基礎についてまとめていきました。
今回は慢性痛のリハビリテーションについて、まとめていきます。
前回同様、三輪書店「ペインリハビリテーション」から主に抜粋しています。
前回の記事で痛みの多様性に触れられなかったので、まずはそこからお話していこうかなと思います。
痛みの多様性
痛みには多面性があることが最近言われており、ただの一感覚に限らず、情動や認知としての側面を有しています。
その多面性については、簡単に以下のように分類することができます。
- 「感覚-識別(sensory-discriminative)」
痛みの部位、強度、持続性など痛みの種類を識別した身体的な痛み感覚を指します。
一番理解しやすい概念だと思います。
- 「意欲-情動(motivational-affective)」
怒り、恐怖、喜び、悲しみなど急速に引き起こされた一次的かつ急激な感情の変化のことを指します。
つまり、「意欲-情動」とは痛みにより生じる不快感そのもののことを言います。
- 「認知-評価(cognitive-evaluative)」
過去に経験した痛みの記憶、注意、予測などに関連して身体にとってその痛みの意義を分析、認識することを指します。
特に慢性痛では後者の2つが大きく関与することが指摘されています。
そして個人の記憶や社会的背景により、それぞれの痛み経験は違った形で形成されるため、各患者に合わせた対応が求められることが推測できると思います。
痛みそのものが障害になるとは限らず、特に慢性痛では痛みに伴う苦痛や行動のほうが大きな障害になっていきます。
そして痛み行動をとり続ける中で、痛みが患者に何らかの報酬や利得をもたらすようになると社会的役割をもつようになります。
このような背景が慢性痛を難治化させる主要因ともいわれているわけです。
痛みの恐怖-回避モデル(fear-avoidance model)
ヒトが痛みを体験すると、それによる不安や恐怖を抱かなくても済む性格や環境下では、その痛みに対峙し、回復に向かっていきます。
しかしそうでない場合、特に慢性痛では痛み体験からcatastrophizing(破局化、破局的思考)に陥りやすく、思考だけでなく行動までもがネガティブになりやすくなります。
※破局化・破局的思考(catastrophizing)
痛みに対する悲観的・否定的な感情のこと。痛みの反芻、拡大視、無力感などを含む。
そのような思考のもと、不安や恐怖心が増強してしまうため、過剰に様々な行動を回避するようになり、結果として不活動、抑うつ、機能障害に至ることで痛みを増悪させ、慢性痛の悪循環に陥ってしまいます。
慢性痛患者は、その特徴から「5D syndrome」と表現され、上図のような症状・特徴を呈しています。
痛みの情動的側面
情動とは…
いわゆる警告反応で、快・不快刺激に対して、接近・回避・攻撃のいずれの行動をとるか示すもの。
内側脊髄視床路を上行することで、偏桃体・海馬・島皮質・前帯状回といった脳領域へ伝わり、情動反応は発生します。
情動に関わる解剖学的部位について、それぞれ触れていきたいと思います。
偏桃体
情動喚起のプロセスの中で最も重要な領域です。
痛みにおいても偏桃体が関与することが明らかとされており、いくつかの研究によって、偏桃体が痛みに関与していることが支持されています。
また偏桃体のシナプス興奮性が高まると慢性痛の症状を示すことも確認されており、不快情動が慢性痛に関与することが示唆されています。
偏桃体の活動増加により、内側前頭前野の活動が減少することが動物実験では明らかになっており、偏桃体が中枢からの疼痛抑制系の働きを抑制してしまうことが示唆されています(後で詳述します)。
島皮質・前帯状回
偏桃体よりも主要な痛みに関連する領域として認識されています。
一次体性感覚野や二次体性感覚野は急性痛に関与しますが、島皮質・前帯状回は急性痛だけでなく慢性痛においても関与することが判明しています。
痛みの情動的側面の中心的な脳領域として認知されています。
- 前帯状回
痛みを与えられなくても、他者が痛みを感じている場面を観察したり、想像するだけでも活動することが明らかとなっています。
痛みの強度の段階づけの結果と強い相関関係があります。
- 島皮質
痛みに限らず、不快な感覚を感じた際に働きます。痛みに対する嫌悪感を発生させる脳領域です。
前帯状回より潜時が短く、情動的側面だけでなく感覚的側面も有していることや、痛みに対して注意を強く向けるとより活性化することが示されており、注意の度合いによって痛みが変調する領域と考えられています。
痛みの認知的側面
侵害刺激により反応する生理的な痛みとは別に、自覚的な痛みの認識に関与するものとして頭頂連合野が関与すると報告されています。
痛みの記憶に関わる領域とも認識されており、具体的には痛みの経験が身体図式化される領域と言われています。
- 上頭頂小葉(5・7野)
身体各部位からの情報が集約し、体部位の情報を統合し、自己の身体の姿勢図式を形成します。
- 下頭頂小葉(39・40野)
異種感覚情報の統合が行われます。感覚モダリティに関係なく応答するニューロン群が存在することがほうこくされています。
例えば…
バイモダール・ニューロン(bimodal neuron):視覚と体性感覚に応答するニューロン
⇒これらの機構が慢性痛を引き起こすことが報告されています。
具体的には体性感覚と視覚の不一致が原因の一つとして考えられています。
また、その不一致の際に前頭前野が活性化することも報告されています。
CRPS患者が代表的な例のようです。
CRPS患者は患側方向に視空間認知が偏位していることが報告されており、また運動障害もあり、その責任領域として前頭頭頂間野(AIP:anterior intraparietal area)、中頭頂間野(MIP:medial intraparietal area)、下前頭皮質(inferior frontal cortex)が挙げられており、いずれも各種感覚情報(視覚、体性感覚、聴覚、前庭覚)を統合する領域として知られています。
これらのことから、感覚統合の不一致が痛みの一因ではないかと言われているようです。
CRPS患者では運動イメージ時の脳賦活の減弱が報告されており、同様の現象が慢性痛患者にも認められ、運動実行における感覚フィードバックとの食い違いが痛みを引き起こしていると考えられています。
つまり、正しい運動イメ―ジの障害が疼痛の原因になっている可能性が考えられているのです。
疼痛抑制系
痛みを制御するシステムとして昔からいくつか提唱されている理論があります。
今では否定されている理論もありますが、痛みの歴史を知る上では有益なものですので、紹介させていただきます。
① Gate control theory
1965年にMelzakとWallによって提唱された有名な理論です。
聞いたことのある人もとても多いと思います。
脊髄後角には制御用のゲートが存在し、痛みの情報が伝わるとこのゲートが開いて脳へ情報が伝わり痛みを感じるが、さすったり圧迫した情報が伝わるとゲートが閉ざされて痛みの情報が伝わらなくなるという理論のものです。
ただ最近は否定的実験事実のため、科学的価値は低いとも言われています。
② 広範性侵害抑制調整(DNIC:diffuse noxious inhibitory controls)
別の部位に加えた侵害刺激によって本来の痛みが抑制されるという疼痛抑制理論になります。
1979年にLe Barsらによって報告されました。
鎮痛機序はいまだ明らかでありませんが、前頭前野、中脳水道周囲灰白質が関与することが言われており、プラセボ鎮痛効果の機序の一つであることが示唆されています。
③ 下行性疼痛抑制系
脳幹から下行する抑制性ニューロンによって、脊髄後角での一次侵害受容ニューロンと二次侵害受容ニューロン間のシナプス伝達を抑制し、痛みの情報伝達をブロックする疼痛抑制機構です。
前頭前野が関与することが示唆されています。
さきほど”偏桃体”の項目で偏桃体が興奮することで内側前頭前野が萎縮してしまうことをお話したと思います。
下行性疼痛抑制系に前頭前野が関与するとすると、偏桃体の働きが過剰になることで下行性疼痛抑制系の働きが減弱してしまう可能性が考えられるということになります。
④ 内因性オピオイド系
オピオイド(モルヒネ様物質)は生体内にある(内因性)神経ペプチドで、特異的受容体に結合することで鎮痛作用を発揮します。
痛みと不活動
CRPSリスクファクター
よく靭帯損傷や骨折などの治療の一環でギプスやスプリント等による患部の固定をすることがありますが、そういった患者さんの中には幹部の炎症が消退し、損傷した組織の治癒が進んでいるにも関わらず、痛みだけが残存する例が多く認められるそうです。
これは組織損傷や拘縮の影響だと漠然と考えられていましたが、近年過ちであることが言われています。
つまりギプス固定や非荷重、安静臥床などによって惹起される末梢組織の不活動状態が痛みを生み、慢性痛の発生要因になると考えられるようになっているのです。
過去の報告から患部の固定を行っていた群の42~57%にCRPSやアロディニアが発生したことが報告されており、ギプスやスプリントによる患部の固定、いわゆる不活動がCRPSの発生・進行のリスクファクターであることが指摘されています。
疼痛閾値の低下
ヒトを対象とした研究で前腕や手関節を4週間ギプス固定したいくつかの報告があり、いずれも温痛覚の閾値が低下したことを報告しており、中には28日後まで閾値低下を認めた報告があります。
動物実験においても同様の内容が言われており、固定期間が長くなると痛覚閾値の回復が認められなくなることを報告しているものもあります。
つまり、ギプス固定など身体の不活動状態は痛みの発生を招く可能性があり、不活動状態が長期化すると慢性痛に発展する可能性があることを示唆しています。
なぜこのようなことが生じるのか?
神経系および末梢組織の変化が関連する可能性が指摘されています。
- 神経系の変化
関節固定されたラットの不活動モデルにて一次求心性ニューロンの活動亢進が認められることが報告されており、一次侵害受容ニューロンの感作(痛みに敏感になること)が生じる可能性が示唆されています。
また脊髄後角細胞においてWDRニューロンや関節運動のみに反応するニューロンの割合が増加することも報告されています。
非侵害刺激にも反応するWDRニューロンが増加することで、末梢からの非侵害刺激でも疼痛を感じるようになる可能性が指摘されている。
- 末梢組織の変化
これについては現時点では報告が少ないそうです。
CRPSやラットの不活動モデルでは皮膚の菲薄化が認められ、自由神経終末が分布する表皮基底層・真皮層が外界との距離をより近くしてしまうため、より外界からの刺激を受けやすくなる可能性が考えられています。
慢性痛に対するリハビリテーション
運動イメージ課題
心的回転(mental rotation)課題や運動イメージ課題を慢性痛患者に導入することで、脳内でのシミュレーション時と実際の運動あるいは感覚入力の際の脳活動が等価的になることにより、痛みの改善につながると考えられています。
※心的回転(mental rotation)課題
心の中に思い浮かべたイメージ(心的イメージ)を回転変換する認知的機能のこと
”痛みの認知的側面”の見出しで運動イメージの障害が痛みを誘発することをお話しました。
それに対する介入ということになります。
元々は幻肢痛やCRPSへの介入法として発展していますが、頸部痛などその他慢性痛に対しての治療効果についても検討され始めています。
ただ、いきなり運動イメージを想起させる課題により疼痛が増悪する報告もあるため、順序に沿って行うことが推奨されています。
推奨手順
- 心的回転課題にて視覚情報により誘導された頭頂葉や運動前野といった運動関連領域の神経ネットワークの働きを活性化する。
- 運動イメージの想起にて記憶情報に誘導された運動関連両機の働きを活性化する。
- 運動実行を伴ったミラーセラピーにて一次体性感覚野や体性感覚野を含んだ領域を活性化する。
※幻肢痛やCRPS患者に対する介入法であり、その他慢性痛に行っていくにはこの手順を元に介入内容を修正する必要あり。今後の研究課題となっている。
運動療法
書籍「ペインリハビリテーション」の中ではhaydenらによる非特異的慢性腰痛に対するエクササイズとしてどのようなプログラムが有効であるか調べた結果について、紹介しています。
その内容によると、個別にデザインされたプログラムをホームプログラムとして高頻度で実施し、その際にセラピストによりフォローアップされる管理されたエクササイズを行うことが疼痛と機能の改善に最も効果的とのことです。
つまり…
どの運動が一律によい、ということではなく、個別に評価してプログラムを設定し、なおかつ高頻度で行っていただいた後、定期的に専門家が内容を調整することが大事ということになります。
※慢性痛に対する物理療法・薬物療法・外科的治療の有効性は低いことが近年は指摘されている。
認知行動療法(CBT:cogntive behavioral therapy)
認知療法と行動療法からなる、心理療法の1つとして発展した治療法です。
元々はうつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD:post-traumatic stress disorder)のような精神・心理障害に対する治療法でありましたが、現在は糖尿病や肥満などの生活習慣病、慢性痛などにも応用されるようになっています。
- 認知療法…認知の修正を行うことを目的とする。
- 行動療法…学習理論に基づき行動の変容と新たな学習を行う治療理論
・慢性痛に対する認知行動療法
1968年 ワシントン大学 臨床心理士fordyce
「痛み行動とは、痛みに伴う自発的かつ随意的な行動、つまりオペラント行動であり、周囲の人がその痛みに注目・関心を注ぐことによって患者が何らかの報酬を得ているために持続・悪化する」
つまり…
不適応行動が患者の認知をひずませていると指摘しています。
この概念に基づいて…
治療対象は
「痛み(生物医学的モデル)」⇒「痛み行動(生物心理社会的モデル)」
へと転換されました
オペラント条件づけ学習理論を応用したオペラント行動療法が慢性痛患者のマネジメントプログラムに導入されています。
※オペラント条件づけ学習理論
報酬や嫌悪刺激(罰)に適応して、自発的にある行動を行うように学習すること。
身体活動量の増加や痛み行動の軽減といった行動の改善だけでなく、認知の修正・正常化をもたらすことができる治療法として確立されました。
最近は痛み自体の改善効果も報告されています。
脳機能的にCBTを検討した報告は多数あり、認知行動療法が前頭前野(prefrontal cortex:PFC)や前帯状回皮質(anterior cingulate cortex : ACC)などの注意や情動の制御に関与する脳領域の機能を高め、扁桃体(amygdala)などの情動処理にかかわる脳領域の過活動を低減するtop-down modulationの働きがあると推測されています(3。
結論的に…
慢性痛に対しては個別に運動プログラムを処方し、可能な限り毎日行わせつつ、その内容は適宜調整していく。と同時に、認知行動療法を用いて痛みに関する認知のゆがみを修正して不適応行動を修正することで自主的に動けるようにしていく。その際に他動的な徒手療法や薬物療法・物理療法などはセラピストへの依存性を招き、自主性を阻害してしまうため、極力用いないことが大事ということです。
長くなりましたが、以上になります。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
参考文献
1. 松原貴子,沖田実,森岡周:Pain Rehabilitation:三輪書店,2012
2. 土井篤:脊髄後角における感覚伝達とゲートコントロール理論を考える:保健科学研究誌no.14,2017
3. 吉村晋平:認知行動療法の生物学的基盤:日本生物学的精神医学会誌23(3),2012,p171-176
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